2016年を振り返ろうか・・・。
2016年が終わろうとしている。
今日はそんな2016年をゆっくり振り返ろう・・としていたのに、まさかのウォークマンが壊れ、サザン数100曲とKAT-TUNの全曲のデータが飛ぶという事態にいま茫然自失の状況であります。
とんだ年末だよ・・・。
2016年、皆さんにとってはどんな一年でしたか?
恐らく「良い年だった!!」という人は私の周りでは少ないかもしれませんね・・。
でも私にとって2016年は「良い年」でした。
KAT-TUNを知って、初めてジャニーズのコンサートに行き、Twitterを始めてたくさんの友達に恵まれ、ブログを始めて気持ちを吐き出す場所を得ました。
それが私にとっての2016年です。
思い起こせば去年の今頃、例のカウコン総集編をテレビで見たんだよなぁ‥。
KAT-TUN沼への1歩を踏み出したあの日のことは過去ブログにも書かせてもらいましたが、あの日から早くも1年ですか・・。
実は当時、私は結構などん底におりました。
どん底の始まりは12月の初め。
歩いて10分の実家に住む姉から 便箋5枚にわたる手紙が送られてきたことから始まりました。
そこに書いてあったのは
ー 胃の調子が悪く、胃カメラのついでに大腸カメラも受けました。
ガンが見つかりました。その場では取れない大きさだったので入院します。
遺伝性の可能性が高いから、すぐに〇〇ちゃんも検査を受けてください。 -
実はその前の11月の健康診断で私自身も便潜血検査を受けてひっかかっていました。
「あ、こりゃいかんな・・。とりあえずカメラを受けなきゃ・・」
となり、12月に私も大腸検査を受けました。
私自身のこともありましたが、まずは姉を安心させるために急いで受けたのが一番大きな理由です。
結果は・・・、
ガンが見つかりました。
姉と同じところにできた初期ガンでした。
しかしまぁポリープにガンが含まれるという程度で、腸の壁には達しておらず、その場では無理でしたが、2日の入院で内視鏡でとれるモノだということで、出張の無い1月の終わりにとることになったのです。
自分の結果はそうでしたが、私より3歳上の姉の状態は深刻でした。
腸のガンそのものは腸を切ってしまえばいいのですが、姉は肝臓にガンが転移していました。その数は10個以上。
腸から肝臓への転移は場所が近いため頻繁に起きるらしく、また肝臓は切ってもまた自分で大きくなる機能があるので、通常は腸と肝臓を切って対処する形です。
しかし、姉の肝臓がんは小さいものが点々と、そして肝臓の大事な血管のすぐそばに大きいガンがかぶさっていました。
そのままでは手術ができない・・。その話を聞いたのが12月20日でした。
病院は次の週から休みに入るところでしたが、できるだけ早く抗がん剤を投与して少しでもガンを小さくして、手術ができるところまで持ち込もうというのが治療方針でした。
クリスマスイブの日にCVポートという抗がん剤の治療の為の手術を行い、姉の闘いは始まりました。
手帳を見てみると、
去年の12月のスケジュールは姉と私の病院の予定でいっぱいです。
妹だからこそできることをしなければと、抗がん剤の治療が始まる前に一緒に医療ウィッグのオーダーをしに行ったり、買い物をしてきたりと出不精な私がほぼ休みを埋めて動いていました。
そんな年末、病院が休みの機関に入り一旦治療がお休みになったところでたまたま見たのが、カウコンの総集編でした。
その恐ろしく華やかなアイドルの集まりは、私にとって一瞬なにもかもを忘れられる時間でした。
少しでも時間が空くと病気のことを調べたり、考えたり、当時の私には他の事がほとんど見えていなかったのに、その総集編での松潤と亀梨君を見たときに、単純にその映像を楽しめたのです。
その後、私はそれまで続けていた闘病中の方のブログを読むことをやめ、KAT-TUNに関するブログを読み漁る日々に突入しました。
私自身はもともとテレビっ子でしたし、本や映画を見ることも好きです。
でもテレビや本は不意に病気で亡くなる方や、重い話を聞いてしまうこともあります。
それが怖かった。その瞬間、どんと暗いところへ落とされた気持ちになったものです。
けれど、KAT-TUNファンのブログ、特にコンサートレポはほんと楽しいことしか書いてなかった。ほんわかした気持ちで読むことができました。
本当はその頃KAT-TUNファンの皆さんは同じようにどん底にいたのだと、今の私にはわかるのですが、その頃はまだTwitterをやっていなかったのでそこまで皆さんの痛みをリアルタイムで感じてはいなかったのです。
もし当時Twitterをやっていたなら、逆にしんどくなってKAT-TUNのことからは離れていたかもしれません。
その後姉は3月まで入退院を繰り返しながら抗ガン剤を頑張り、3月28日12時間に及ぶ手術を無事に終えました。
今も再発防止のために抗がん剤の治療は続いていますが、基本的には元気になり楽しく毎日を過ごしています。
ちょうどKAT-TUNが一番苦しんだであろう11月終わりから3月、それは私にとっても忘れられない4か月です。
「アイドルが心の支え」「アイドルの存在に助けられた」という言葉を素直に口に出すほど、乙女では無い自分ですが、本も読めずテレビを見るのもしんどいあの時期に、確かにそばにあったのはファンの皆さんのブログであり、KAT-TUNの存在であったと思います。
手術後まだ状態が不安定な頃は、DVDやCDを探しひたすらそれを観ました。
そして姉の退院が決まった次の週に、私はドームコンサートに行きたいなと思えたのです。
だからこそ、私にとってあのコンサートはより大切な思い出になっているのかもしれません。
その後、Twitterを始めたくさんの友達に恵まれました。
その中にはあの頃の私と同じように、家族や自分自身の病気の不安を抱えている人もいると思います。
そんな人にすこしでも気楽に笑ってもらえるようなことを、提供できる自分でいたいなと思います。
笑いはどんな時も少しだけ、気持ちほぐしてくれると信じているし、
きつい時にはそこから目を背けることも必要で、でも背けた先にあるものはあったかいものであって欲しいのです。
自分にできることはあまりないかもしれませんが、なにか、あったかいなぁと思ってもらえるように、来年も過ごしていければなぁと思います。
・・・と、2016年の締めくくりは少しだけ湿った話になってしまいましたが、来年も基本的にはふざけつつ皆とKAT-TUNの復活を笑いながら待ちたい所存で御座います。
来年もぜひ温かい目で、よろしくお付き合い下さいませ。
皆様の2017年が幸せになりますように・・。
2016.12.31